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2018.03.16
平成30年3月16日(金)平成29年度東北文化学園大学・大学院 学位記授与式が挙行されました
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平成29年度東北文化学園大学・東北文化学園大学大学院

学位記授与式 学長式辞

 

 今年は寒い冬でした。庭の福寿草の芽はまだ5つ、いつもの年より芽の出方が遅い春です。

 東日本大震災が起きてから、ちょうど7年が経過いたしました。多くの皆さんは、震災の時に高校一年生でした。女川の、七十七銀行や倒れた鉄筋コンクリートの建物は、旧交番を除いて今はありません。土地のかさ上げ工事が進み、JR女川駅を中心とした新しい街づくりが、力強く進んでいます。そして、震災を目の当たりにした子どもたちは、その思いを今語りだしました。私たちの大学にもそのような学生が入学するようになりました。多くの想いをのせて、震災後7度目の春が来ようとしています。皆さんは、今日晴れて学位記授与式を迎えます。皆さんの引き締まった顔を拝見しておりますと、これから社会に巣立つ皆さんの並々ならぬ決意が伝わって参ります。今年もまた、希望に満ちた春が訪れます。

 本日ここに、ご来賓ならびに東北文化学園大学関係者各位のご列席のもと、平成29年度学位記授与式が挙行できる喜びをかみしめています。この度学位を授与された者は、医療福祉学部301名、総合政策学部62名、科学技術学部37名、合わせて400名です。また、健康社会システム研究科を修了して修士の学位を授与された者は7名です。

 卒業する皆さんは、本学にとって16回目の卒業生となります。在学中の様々な壁を乗り越え、日々努力し、成長した証として、本日ここに晴れて学位を授与されることになりました。皆さんのこれまでの努力に対し心から敬意を表し、ご卒業をお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで支えてくださった保護者の方々、皆さんと辛苦を共にし、教育に勤しんでくださった教職員の方々に、心から感謝し、お喜び申し上げたいと思います。

 今日の卒業式では1冊の本の話をしたいと思います。高校の頃の私は、期末テストが終わるとおねだりをして小遣いをもらい、横浜伊勢佐木町にある有隣堂という大きな書店に行き、5~6冊の小説を一度に買い求めて読むことが楽しみの一つでした。そのような1冊に新潮社世界文学全集第27巻がありました。ヘルマン・ヘッセの「郷愁・春の嵐」など4編の小説が収められており、1962年版ですから、私が15歳の時に買い求めたものです。ハードケースに入っており、値段はたったの350円です。この本を手に取ると、15歳の私の世界がよみがえってくるような錯覚に陥ります。以後随分私の本棚にはヘッセの小説が並ぶことになりますが、ヘッセのものとして最後に購入したヘルマン・ヘッセ全集の上巻・下巻からなる本、それが今日の話の主役です。本の題名は「ガラス玉演戯」です。1966年版ですから私が大学1年の時に求めたものですが、あまりに難解な小説なので、結局読むのを断念して、70歳になるこの年まで本箱の中で眠っていたものです。

 「ガラス玉演戯」は、ドイツ人であるヘッセが、第一次世界大戦、第二次世界大戦をスイスに逃れて体験し、戦争の最中の1943年に出版された小説です。にもかかわらず、その題名が「ガラス玉演戯」という、戦争ではなく、ヘッセの想像上の新しい芸術に関するものであったことが、ずっと気になっていました。ヘッセはこの小説により、1946年にノーベル文学賞を受賞しています。その翌年に私が生まれています。

 小説に設定された舞台は、終戦から一気に500年も先の未来社会カスターリエンでした。カスターリエンとは、一種の理想郷と思ってください。極めて優秀な極少数の若者が全国から集められ、そこで英才教育を受け育てられています。その一人が主人公のヨーゼフ・クネヒトです。「ガラス玉演戯」は、幾多の科学と芸術、特に数学と音楽が関係した神秘の言葉です。オルガン奏者がパイプオルガンを奏するように演奏されますが、そのパイプ・オルガンたるや、想像できないほど完全であって、演奏者の手や脚を駆使し、精神的宇宙全体を打ち尽くし、理論的にはこの楽器によって、精神的な世界の全内容が再現され得るというものです。クネヒトは、カスターリエンでたった一人しかいない「ガラス玉演戯」名人に、若くして指名された大演奏家でした。

 しかし、ある時からクネヒトは、「全くカスターリエンとガラス玉演戯は素晴らしいものだ。ほとんど完全なものだ。ただ恐らくあまりにも完全で、あまりに美しすぎる。これも他のすべてのもののようにいつかは消滅する定めだとは、考えたくない。しかし、そう考えずにはいられない。」という確信を抱き始めます。結局クネヒトは、学問と、美の崇拝と、瞑想という三つの原理を含んだ「ガラス玉演戯」を一切放棄して、別な新しい世界で生きることを選びます。

 驚くべきことに、ヘッセは、戦争が終わった直後であるにもかかわらず、この小説の中でやがて訪れるであろう戦争の前兆を感じとっています。カスターリエンの理想郷は戦争や暴力によって、いつか終焉を迎えるのではないか、とクネヒトに言わせています。そのような危機感をもつクネヒトは、最後に教育というものの重要性に目覚めたのです。「国家が危機になればなるほど、我が国は、良い勇敢な教師をいよいよ必要とするでしょう。」と宣言したのです。教育は生徒が若いうちに始めるのが良いと、自身が初級学校の教師になることを望むのです。

 この間クネヒトは、様々な優れた人たちと出会い、精神世界について交わす会話が物語全体を彩っています。そして小説の最後に、クネヒトの遺作とされる三つの物語が挿入されていて、そこにクネヒトの、すなわちヘッセの思想が凝集されています。三つの物語のタイトルは「雨ごい師」、「ざんげ聴聞僧」、「インドの履歴書」です。「雨ごい師」では、自然神を神としている社会の占い師が、未だかつて経験のないほどひどい干ばつが訪れたときに、自分の命を捧げて、雨ごいをするという話です。同様の話は、宮沢賢治の童話には、自分の命を投げ出す動物や人としてたくさん登場します。このようなことをするのは、梅原猛に言わせると、法華経の薬王菩薩です。賢治は、ご存知のように「雨にも負けず」の詩の最後に文字による曼荼羅を書いて、いつも持ち歩いていました。法華経に対する信仰の大層厚い人でした。「ざんげ聴聞僧」は、ざんげという行為を通して悟りを開いていく過程を描いています。ここには、ミヒャエル・エンデの「モモ」に通じるモチーフがあり、聞くこと・聞かれることによる心の癒しに共通点を感じます。「インドの履歴書」は、すべてをなげうって瞑想修行に打ち込むヨーガ行者について書かれています。ヘッセは、母親がインドで宣教活動をしていたこともあり、ヨーガや仏教に大変理解が深い作家です。ご存知のように、ヨーガは中国から日本に伝わり座禅という瞑想の手段になっています。「インドの履歴書」では瞑想修行と悟りの体験を描写しています。ヘッセは、洋の東西にかかわらず、人の心の奥深いところに存在する、人としての共通の真実、つまり「人間らしさ」を取り戻す重要性を再確認したかったのではないでしょうか。若い人の教育に自分のこれからの人生のすべてを捧げたい、その若い人の持つ柔軟な力こそが、人の持つ最も素晴らしい可能性なのだということを、私も、主人公ヨーゼフ・クネヒトとともに強く感じています。

 皆さんは、19歳の時に1冊350円で買った本を、引っ越しのたびに持ち歩き、70歳で読んでみるということが、考えられますか? 是非、大事だと思って買い求め、まだ読んでいない本をお持ちでしたら、捨てずにしっかり取っておいて、人生に余裕ができたら再度手に取って、読んでみたらいかがでしょうか。きっと若い時には思いもよらなかったいろいろな発見をすることができると思います。このことを、卒業する皆さんに、はなむけの言葉として贈りたいと思います。

 それでは、今日この良き日を心から祝福するとともに、皆さん一人一人の人生が幸多いものとならんことを祈りつつ、式辞とさせていただきます。

 本日は、誠におめでとうございます。

 

 

平成30年3月16日

東北文化学園大学
学長  土屋  滋

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